大阪地方裁判所 平成3年(行ウ)22号 判決 1993年1月26日
大阪市生野区新今里五丁目一六番一四号
原告
池田拓治
大阪市生野区勝山北五丁目二二番一一号
被告
生野税務署長 森垣省吾
右指定代理人
山口芳子
青山龍二
西教弘
久保日出夫
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が原告に対して、平成元年七月四日付でなした昭和六三年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分並びに昭和六三年分所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 原告は、「池田屋」という屋号で酒類販売業を営む傍ら、不動産貸付業を営む者である。
2 本件控訴に至る経緯は次のとおりである。
(一) 原告は被告に対して、平成元年三月二日、別表1「確定申告」欄記載のとおり、昭和六三年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税の確定申告をした。
(二) 被告は原告に対して、平成元年七月四日、本件係争年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分並びに同表「更正及び賦課決定」欄記載のとおり、本件係争年分所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下、両処分を併せて「原処分」といい、そのうち青色申告承認取消処分を「本件青色申告承認取消処分」、更正及び過少申告加算税の賦課決定を「本件更正等」という。)をした。
(三) 原告は原処分を不服として、平成元年八月三一日、同表「異議申立て」欄記載のとおり異議申立てを行ったが、これに対し、被告は同年一一月二八日、棄却の異議決定をした。
(四) 原告は、原処分について、同年一二月一八日、同表「審査請求」欄記載のとおり、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、これに対し、国税不服審判所長は、平成三年一月三一日付で原告の審査請求を棄却する裁決をし、右裁決書は同年二月一四日、原告に送達された。
二 当事者の主張
1 原告の主張
(一) 被告は、本件係争年分の所得税の調査を、後に裁決により一部取消された原告の昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定の基礎となった調査をした被告の部下職員参田勲(以下「担当職員」という。)に担当させたため、原告は、担当者の変更を要求し、担当職員の求める帳簿書類提出に応じなかった。
そこで、被告は原告には所得税法(以下「法」という。)一五〇条一項一号に該当する事実があるとして本件青色申告承認取消処分を行い、また、推計により本件係争年分の原告の総所得金額を算定し、本件更正等を行ったのであるが、原告の右調査担当者の変更要求は正当なものであるから、原処分は違法である。
(二) 担当職員は、右調査を行うにつき、原告に対する面接調査を行う前に反面調査を行っているのであるが、所得税の反面調査は、まず納税者の面接調査を行い、これで入手できない資料があるときに行うべきものであるから、その調査方法は違法であり、したがって、本件更正等は違法である。
(三) 本件更正等処分は、原告の不動産所得の金額を過大に評価してなされたものであるから、違法である。
2 被告の主張
(一) 原告は、担当職員が再三にわたって原告に対し帳簿書類を提示して調査に応じるよう説得し、翻意を促したにもかかわらず、本件係争年分の帳票書類を一切提示せず、担当職員の調査に全く応じなかったので、被告は、原告が帳簿書類を提示しなかったことは法一五〇条一項一号に規定する青色申告の承認の取消事由に該当するものと認め、取消処分を行うとともに、やむなく、原告の仕入先等の調査結果に基づいて、昭和六三年分の総所得金額を推計し、更正等を行ったものであって、原処分は適法である。
(二) 右のとおり、原告の青色申告の承認は取り消されたのであるから、原告の本件係争年分の所得金額は、推計により算定することが可能であり、また推計の必要性もある。そこで、これを合理的な推計方法で算定すると、別表2の1「総所得金額」の総所得金額欄記載のとおり八二三万二五一二円となる。
したがって、その範囲内にある本件更正等はいずれも適法である。
(1) 事業所得の金額の計算内容は以下のとおりである(別表3の1「事業所得の金額の計算」)。
イ 売上原価(別表3の1の<3>欄記載の金額)について
原告の本件係争年分の売上原価は、別表3の1の<8>欄記載のとおりであり、その仕入明細は、別表6の1「事業所得に係る仕入金額の明細」に記載のとおりである。
なお、被告は、右売上原価の算定に当たって、原告から本件係争年分の期末棚卸高を明らかにする資料の掲示が受けられなかったので、本件係争年分の期末棚卸高を前年分(昭和六二年分)の期末棚卸高(本件係争年分の期首棚卸高)と同額であるとして算出したものである。
ロ 売上金額(別表3の1の<1>欄記載の金額)について
原告の本件係争年分における売上金額は、別表3の1の<1>欄記載のとおりであるが、この金額は、前記イの売上原価を別表5「昭和六一年分の本人比率」の「1 事業所得に関する比率」の<3>欄記載の売上原価率(売上原価の売上金額に対する割合)八三・九九パーセントで除して算出したものである。
ハ 一般経費(別表3の1の<5>欄記載の金額)について
原告の本件係争年分における一般経費の金額は、別表3の1の<5>欄記載のとおりであるが、この金額は、前記ロで算出した売上金額に別表5「昭和六一年分の本人比率」の「1 事業所得に関する比率」の<5>欄記載の一般経費率(経費の金額の合計額から、特別経費である利子割引料及び貸倒金をそれぞれ控除した金額の売上金額に対する割合)五・五一パーセントを乗じて算出したものである。
ニ 事業専従者控除額(別表3の1の<9>欄の記載の金額)について
事業専従控除額は別表3の1の<9>欄記載のとおりであるが、この金額は、原告が本件係争年分の確定申告書に記載した原告の妻・キトエに係る控除額である(所得税法五七条三項)。
(2) 不動産所得の金額の計算内容は以下のとおりである(別表4の1「不動産所得の金額の計算」)。
イ 収入金額(別表4の1の<1>欄記載の金額)について
被告が把握し得た原告の本件係争年分の収入金額は、別表4の1の<1>欄記載のとおりであり、その収入金の明細は、別表7「不動産所得に係る収入金の明細」記載のとおりであり、家賃収入が合計一九二一万一〇〇〇円、礼金等の収入が合計二〇五万円、総合計二一二六万一〇〇〇円である。
なお、不動産所得の収入金額の計上時期については、契約及び慣習により支払日が定められているものについては、その支払日、支払日が定められていないものについては、その支払を受けた日を基準にして算定したものである(所得税基本通達三六-五)。
ロ 借入金利子以外の経費の金額(別表4の1の<3>欄記載の金額)について
原告の本件係争年分における借入金利子以外の経費の金額は、別表4の1の<3>欄記載のとおりであり、その金額は、前記イの収入金額に別表5「昭和六一年分の本人比率」の「2不動産所得に関する比率」の<3>欄記載の借入金利子以外の経費率(経費の金額の合計額から、借入金利子を控除した金額の収入金額に対する割合)四九.八六パーセントを乗じて算出したものである。
ハ 借入金利子(別表4の1の<4>欄記載の金額)について
原告の本件係争年分の借入金利子は、別表4の1の<4>欄記載のとおりであり、この金額は、原告が、賃貸用不動産を取得する名目で、別表8「不動産所得に係る借入金利子の明細」に記載の各金融機関から借入れた借入金に係る本件係争年分の支払利息である。
(3) 雑所得の金額(別表2の1「総所得金額」の<4>欄記載の金額)について
原告の本件係争年分における雑所得の金額は、別表2の1の<4>欄記載のとおりであり、この金額は、原告が、訴外竹安正男に対して行った貸付金に係る受取利息分である。
(4) 総所得金額(別表2の1「総所得金額」総所得金額欄記載の金額)について
原告の本件係争年分の総所得金額は、別表2の1の<1>ないし<4>欄記載の金額を合計したものであり、その金額は別表2の一総所得金額欄記載のとおりである。
3 被告の前記2(二)記載の主張に対する原告の認否、反論
(一) 冒頭記載の主張は争う。
(二) (1)記載の主張(事業所得の金額)について
(1) イ記載の主張(売上原価)のうち、株式会社飯田商店、中谷酒造株式会社、株式会社吉川及び株式会社中田儀一商店からの各仕入金額は認め、その余は争う。
(2) ロ(売上金額)、ハ(一般経費)記載の各主張は争う。
被告は昭和六一年分を比準年とする本人比率を用いて推計しているが、本件係争年分は、不動産を買入れて賃貸に出しているため、収入収支とも拡大しており、また、前記昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定に係る税金の納入資金捻出のための借入金借換えにも多大の経費がかかっており、昭和六一年分との類似性はない。
(3) ニ記載の主張(事業専従者控除額)は争う。
原告の妻に対する専従者給与の金額は、実額の一八〇万円である。
(三) (2)記載の主張(不動産所得の金額)について
(1) イ記載の主張(収入金額)のうち、吉津栄司、辻井常雄、花田美智子、江崎裕美子、岡田良一、小浜正行、前枝良二、山本健一、弓場ノリオ、鈴木裕子、辻千鶴子、神農太一、安川武、櫛浜安信、中岡靖雄、辰浦隆、堀田良美、萩原進、加藤佳恵、辻村弘一、長原鐘明及び金森冨士子からの家賃収入額並びに礼金等の収入のうち、中越正介以外の分は認め、その余は否認する。中越からの礼金等収入は二〇万円である。
被告は権利確定主義により不動産収入を計上しているが、原告は従来から簡易簿記で金銭受払方式により収支を計算しており、昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税も右方式により計算して修正申告しているのであって、これは法三六条一項の「別段の定め」に当たる。また、礼金等収入は本件更正等に当たっては課税の対象とされなかったものであり、裁判になってからこれを新たな課税対象とすることは許されない。
(2) ロ記載の主張(借入金利子以外の経費の金額)は争う。
被告は昭和六一年分を比準年とする本人比率を用いて推計しているが、前同様、本件係争年分は、昭和六一年分との類似性はない。
(3) ハ記載の主張(借入金利子)のうち、株式会社近畿銀行、株式会社住宅ローンサービス、日本住宅金融株式会社及び地銀生保住宅ローン株式会社からの各借入金の支払利息金額は認め、その余は争う。
株式会社オリエントコーポレーションからの借入金の支払利息は、被告主張の金額に毎月五〇〇〇円の保証料を加えた金額である。
(四) 同(3)(雑所得の金額)は認める。同(4)(総所得金額)の主張は争う。
三 本件の争点
本件の争点は次のように整理される。
1 本件青色申告承認取消処分について
法一五〇条一項一号に定める青色申告の承認の取消事由に該当する事実の存否
2 本件更正等について
(一) 手続上の争点
(1) 推計の必要性
(2) 調査手続の違法性
(二) 実体上の争点
(1) 推計の合理性(昭和六一年分を比準率とする本人の比率を用いて昭和六三年分の事業所得、不動産所得を推定することの当否)
(2) 事業所得について
イ 売上原価の金額(別表6の1のうち、株式会社井上、松下鈴木株式会社、株式会社井上本店、大阪酒販協同組合、近畿コカ・コーラボトリング株式会社及びキリンビバレッジ株式会社からの各仕入金額)
ロ 事業専従者控除額
(3) 不動産所得について
イ 不動産収入の金額(別表7のうち、<1>久下貞子、坂浦一士、増田保、木又豊市、西野真由美、中野博之、八尾正、辻本保、浜崎キヨミ、田場益子、中越正介、河内さかえ、有限会社サンコー及び坂井俊之からの家賃収入並びに<2>中越正介の礼金等収入額)
ロ 借入金利子の金額(別表8のうち、株式会社住友銀行及び株式会社オリエントコーポレーションからの各借入金の支払利息金額)
第三争点に対する判断
一 青色申告承認取消処分について
法一五〇条一項一号に定める青色申告承認取消事由の存否につき検討する。
1 乙第一ないし第四号証によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告は、原告が提出した昭和六三年分の所得税の確定申告書及び青色申告決算書には、収入金額の記載がなく、必要経費だけを記載して、その合計額を赤字の所得としていたため、右所得金額が適正なものであるかどうかを確定するため、担当職員をして原告の所得調査に当たらせた。
(二) 平成元年四月二〇日担当職員が原告方に電話をして所得税の調査で臨場する旨連絡したところ、原告は、担当職員がかって原告の昭和六〇年ないし同六二年度分の税務調査を担当したことがあり、その際の同担当者の調査結果に不満をもっていたところから、再び担当職員が原告の税務調査の担当となったことを知り、これを阻止するため、調査担当者の変更を要求し、調査に応じようとしなかった。そこで、担当職員は、調査に応じるよう説得し、二、三日後に再度連絡をする旨伝えた。
(三) 同月二四日午後四時ころ、担当職員は、原告方に電話をし、原告に対し、調査担当者の変更には応じられない旨説明し、日程の都合をつけて調査に応じるよう説得したが、原告はこれを拒否して一方的に電話を切った。
(四) 同日午後四時四〇分ころ、担当職員は原告方に再度電話をしたが、原告が出掛けていたため、対応に出た原告の妻に対し、原告には調査に応ずる義務があること、帳簿を提示すべきこと、二、三日待つので都合がよい日を連絡して欲しいこと、それまでに何も連絡がない場合には反面調査を進めること、帳簿不提示の場合は青色申告の承認の取消をすることがあることを原告に伝えて欲しい旨依頼した。
(五) しかし、その後原告から何も連絡がないため、同年五月一〇日、担当職員は、原告方に臨場し、原告に対し、所得税の調査で臨場した旨伝えたが、原告は、「ここは自分の家だから勝手に入ってくるとは何ごとだ、出ていってくれ。」「参田君を調査担当者と認めていない。」等と強硬に押し立て、一切調査に応じようとしなかった。そこで、担当職員は、同月一二日午前一〇時すぎに再度臨場するから帳簿書類を用意しておくよう告知し、原告方を辞去した。
(六) 同日午前一〇時四五分ころ、担当職員は原告方に臨場し、原告に対し、帳簿書類等を提示するよう求めたが、原告は、「受忍義務があることは分かっているが、君が調査担当者である限り帳簿は提示しない。」などと申し立てた。そこで、担当職員は、納税者の恣意によって調査担当者を変更することはできず、右変更の要求が聞き容れられないからといって調査を拒否することもできない旨説明し、帳簿書類等を提示するよう説明したが、原告は、同様の主張を繰り返し、全く調査に応じようとしなかった。そのため、担当職員は、このままでは帳簿書類の不提示により青色申告の承認の取消をせざるを得ない旨説明し、調査に協力する気持ちになったら連絡してほしい旨伝え、原告方を辞去した。
(七) 同年六月二六日、担当職員は、原告方に臨場し、原告に対し、調査に協力して帳簿書類を提示するよう説得したが、原告は、「調査担当者が変更されない限り帳簿は提示しない。」と繰り返し、従前同様調査に応じようとしなかった。そのため、担当職員は、原告に対し、同月三〇日午後一時から同五時までの間に青色申告に必要な帳簿書類を署まで持参するよう記した「注意書」と題する書面を渡したが、原告は、右書面記載の日時にも、来署せず、その後も帳簿書類の提示を一切行わなかった。
2 ところで、法一四八条一項は青色申告者の帳簿書類の備付け等の義務を定め、これが行われていないことは、青色申告承認申請の却下事由(法一四五条一号)とされ、また、青色申告承認の取消事由(法一五〇条一項一号)とされているが、他方、青色申告者に対する更正処分は原則として右帳簿書類の調査を通じてのみなし得ることとされ(法一五五条一項)、青色申告者に対しては推計課税が禁止されている(法一五六条)ことを考え併せると、青色申告制度は、単に帳簿書類の備付け等が青色申告者の側において行われているだけでなく、右帳簿書類が国税庁、国税局又は税務署の当該職員の質問調査権に基づく調査により確認できる状態にあることを不可欠・当然の前提としているものというべきであるから、法一四八条の定める帳簿書類の備付け等の義務も、当該職員がその提示閲覧を求めた場合にはこれに応じるべきことを含むものと解される。したがって、当該職員から右帳簿書類の提示を求められたのに対し、正当な理由なくこれを拒否した場合には、法一五〇条一項一号の定める青色申告承認の取消事由に該当するものというべきである。
3 1で認定したとおり、原告は、担当職員の再三の説得にもかかわらず、帳簿書類の提示に応じておらず、原告の主張する右提示拒否の理由も、単に担当職員がかって原告の税務調査を担当したことがあり、その結果に原告が不満をもっているというだけのことであって、到底正当な拒否理由といえるものではないから、右提示の拒否は法一五〇条一項一号に該当するものというべきであり、本件青色申告承認取消処分は適法と認められる。
二 本件更正等について
1 手続き上の争点について
(一) 推計の必要性について
前記一3記載のとおり、本件青色申告承認取消処分は適法であるので、原告の本件係争年分の事業所得及び不動産所得については推計課税が可能であるところ、右一1に認定した事実によれば、被告には、原告から実額計算のできる帳簿書類の提示等調査への協力が全く得られず、その所得金額の実額を把握することが不可能であったから、本件には推計の必要性が認められる。
(二) 調査手続の違法について
原告は、本件の調査は、原告に対する面接調査の前に反面調査を行っているので違法であると主張するのであるが、反面調査を先行させることを直ちに違法とする右主張の前提の当否はさておくとしても、右一1に認定したとおり、当該職員は、原告を再三説得したにもかかわらず、原告の調査への協力が得られないため、調査への協力が得られなければ反面調査を進める旨警告したうえ、反面調査を行っているのであるから、右調査方法に何等違法はなく、原告の右主張を採用する余地はない。
2 実体上の争点について
(一) 推計の合理性
被告は、原告の本件係争年分の事業所得の金額及び不動産所得の金額をそれぞれ推計するに当たり、原告の昭和六一年分の事業所得及び不動産所得の各金額から求めた比率により算出しているところ、右推計の合理性について検討する。
(1) 本人比率による推計について
本人比率による推計方法は、営業が通常継続的に行われることから、業種、業態、事業規模、事業場所等に変更がない場合には、業界に共通の経済事情の特段の変動が認められない限り、比準年の比率と係争年の比率とに変更がないであろうと推認することができ、一般に個別的類似性の最も高いものとして合理的な推計方法であるということができる。
(2) 昭和六一年分の本人比率を用いている点について
甲第二号証、第四ないし第八号証、第一二号証、乙第四ないし第七号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六〇年ないし同六二年分の所得税につき青色申告書により期限内の確定申告を行ったが、被告が右各年分の申告額の適否を確認するため部下職員を調査に当たらせた結果、原告から昭和六〇年及び同六一年分のいずれの年分についても、事業所得の金額及び不動産所得の金額をそれぞれ加算した修正申告書が提出され、その後、被告が昭和六二年分の事業所得の金額及び不動産所得の金額並びに昭和六〇年ないし同六二年分の各雑所得の金額をそれぞれ加算する趣旨の更正処分を行ったところ、原告は、昭和六〇年ないし同六二年分の更正処分の取消しを求め、異議申し立て、審査請求を経た後、訴訟を提起して、現在、大阪地方裁判所において別件として審理中であることが認められる。
右のとおり、昭和六二年分の事業所得の金額及び不動産所得の金額については争いがあり、昭和六一年分の事業所得の金額及び不動産所得の金額が、本件係争年分に最も近く、かつ原告にも異議のない金額であるから、昭和六一年分の本人比率を適用することには合理性があるということができる。
(3) 本件係争年分の業務と昭和六一年分の業務との類似性について
乙第六ないし第一七号証、第二〇ないし第二七号証によれば、原告は、大阪市生野区新今里において酒類販売業を営む傍ら、不動産貸付業をも営む者であり、本件係争年分と昭和六一年分とにおいて、業種、業態、事業規模、事業場所等の変更はなかったことが認められる。
さらに、原告の本件係争年分の事業所得に係る売上原価は、後記のとおり、一九四二万八九五四円(別表6の2)であるのに対し、昭和六一年分の事業所得に係る売上原価は、乙第六号証により、一九四〇万二五七八円と認められ、両者の間に金額的な格差はほとんど認められない。また、原告の本件係争年分の不動産所得に係る収入金額は、後期のとおり、二一一六万一〇〇〇円であるのに対し、昭和六一年分の不動産所得に係る収入金額は、乙第七号証によれば一九九四万四一七〇円であることが認められ、両者の間に大きな変化はない。
したがって、原告の、本件係争年分の業務と昭和六一年分の業務には、類似性が認められる。
(4) 基礎数値の正確性について
前記(1)記載のとおり、原告の昭和六一年分事業所得及び不動産所得の金額は、原告の青色申告書による確定申告を、被告の調査結果に従い修正申告したものであり、被告主張の昭和六一年分の本人比率は右修正申告に係る金額を基礎として算出されたものであるから、その基礎数値の正確性も担保されているものといえる。
以上によれば、原告の本件係争年分の事業所得の金額及び不動産所得の金額をそれぞれ昭和六一年分の本人比率を適用して推計したことには合理性がある。
(二) 事業所得について
(1) 売上原価の金額
乙第八ないし第一四号証によれば、原告の本件係争年分の株式会社井上、松下鈴木株式会社、株式会社井上本店、大阪酒販協同組合、近畿コカ・コーラボトリング株式会社及びキリンビバレッジ株式会社からの各仕入金額は別表6の2記載のとおりであることが認められる。なお、株式会社井上については、乙第八号証の「その他(相殺等)」欄に記載されている六万六〇〇八円を、取引金額欄記載の金額から控除した金額をもって右仕入金額と認める。
(2) 事業専従者控除額
乙第一、第二号証によれば、原告は、本体係争年分の事業専従者給与の合計額を、妻池田キトエに対する給与額一八〇万円として申告していることが認められるが、その必要経費への算入については、前記一3記載のとおり、本件青色申告承認取消処分は適法であるから、法五七条一項の適用はなく、同条三項一号イ(ただし、昭和六三年法律第一〇九号改正前のもの)により六〇万円が必要経費とみなされることになる。
(三) 不動産所得について
(1) 不動産収入の金額
イ 所得税法三六条一項は、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、「その年において収入すべき金額」とすると規定しており、同条項が、「収入した金額」としていないところからみても、同法は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、右権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという原則(権利確定主義)を採用しているものと解される。
ロ そして、不動産所得に係る収入すべき権利の確定する時期は、実現の収入がなくても、契約又は慣習により支払日が定められているその日(法律上権利の行使ができるようになった時)を基準とすべきである。
なお、この点に関し、原告は、前記第二の二3(三)(1)記載のとおり、不動産所得に係る収入金額の計上時期について、本件は法三六条一項の「別段の定め」に当たり、「金銭受払方式」で計上すべきである旨主張する。
右原告の主張は、趣旨が必ずしも明らかではないが、これが小規模事業者に対するいわゆる現金主義の特例を定めた法六七条二の適用を主張する趣旨であれば、同条項は青色申告者につき適用されるものであるところ、前記一3記載のとおり本件青色申告承認取消処分は適法であるから、本件係争年分の原告の所得計算については右規定は適用されないし、不動産等の賃貸料に係る不動産所得の計算が、継続的な記帳に基づいてなされているなど一定の要件を備える場合には、その貸付期間に対応する賃貸料の額をその年分の総収入金額に算入することを認める取扱(昭和四八年直所二-七八)の適用を主張する趣旨ならば(右は法三六条一項の「その年に収入すべき金額」の算定方法の一つであって、「別段の定め」ではないが。)、前記一1で認定したとおり、原告は本件係争年分の所得税の確定申告書及び青色申告決算書に収入金額を全く記載せずに提出し、担当職員の再三の説得にもかかわらず、帳簿書類を一切提出しなかったのであるから、右取扱の適用を受ける余地もなく、原告の主張は採用できない。
ハ また、<1>頭金、権利金、名義書換料、更新料等に係る不動産所得の総収入金額の収入すべき時期は、当該貸付に係る契約に伴い当該貸付に係る資産の引渡しを要するものについては当該引渡しのあった日、引渡しを要させないものについては当該貸付にかかる契約の効力発生の日と解すべきであり、<2>敷金、保証金等の名目により収受する金銭等に係る不動産所得の総収入金額の収入すべき時期は、右金銭等のうち、(イ)貸付期間の経過に関係なく返還を要しないこととなっている部分の金額がある場合における当該返還を要しないこととなっている部分の金額は右<1>と同じ日、(ロ)貸付期間の経過に応じて返還を要しないこととなる部分の金額がある場合における当該返還を要しないこととなる部分の金額は、当該貸付に係る契約に定められたところにより当該返還を要しなくなった日、(ハ)貸付期間が終了しなければ返還を要しないことが確定しない部分の金額がある場合において、その終了により返還を要しないことが確定した金額は当該貸付が終了した日と解すべきである。
ニ 以上の見解に従って判断するに、乙第一五ないし第三一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告の本件係争年分の不動産所得の収入金額に計上すべき久下貞子、坂浦一士、増田保、木又豊市、西野真由美、中野博之、八尾正、辻本保、浜崎キヨミ、田場益子、中越正介、河内さかえ、有限会社サンコー及び坂井俊之からの家賃収入額は、別表7家賃収入額欄の該当賃借人欄記載のとおりであると認めることができ、また、本件係争年分の不動産所得の収入金額に計上すべき中越正介の礼金等収入額は、甲第九号証によれば、契約時に原告に差し入れた保証金五〇万円のうち、契約終了時には三〇万円のみが返還されるとの約定であったことが認められるから、右保証金のうち返還することを要しない二〇万円をもって右収入に当たるというべきである。乙第二四号証には、右返還される金額は二〇万円である旨の記載があるが、これは甲第九号証に照らして採用し難い。ところで、原告は、右礼金等収入に関して、裁判で初めて課税の対象とするのは、不当であると主張するが、仮に原告の主張するとおりの事実があるとしても、課税処分取消訴訟の審理の対象は、課税処分により確定された税額が総額において処分時に客観的に存在した税額を上回るかを判断するに必要な事項のすべてに及ぶというべきであるから、原告の主張は失当である。
(2) 借入金利子の金額
乙第三二、第三三号証によれば、原告の本件係争年分の株式会社住友銀行及び株式会社オリエントコーポレーションからの各借入金の支払利息金額は別表8記載のとおりであることが認められる。
(四) 原告は、本件係争年分の所得の証拠として、甲第一〇、一一号証を提出しているのであるが、右証書は原告の収支状況を後でまとめて記帳したものにすぎず、その内訳明細も分からない点が多く、しかも右記載の元となった原始資料もないのであって、右証拠の記載に従うことはできない。
(五) 結論
本件更正等の実体上の争点については以上のとおり判断されるところ、被告が前記第二の二2(二)で主張する総所得金額の算定方法は相当と認められるから、右判断と、争いのないところを併せて、右算定方法により、本件係争年分の原告の総所得金額を算定すると、別表2ないし4の各2記載のとおり八一七万四一二一円となる。
したがって、右金額の範囲内でなされた本件更正等は実体上も適法ということができる。
(裁判長裁判官 福富昌昭 裁判官 川添利賢 裁判官 大藪和男)
別表1
課税処分等の経緯
<省略>
別表2の1
総所得金額
<省略>
別表2の2
総所得金額
<省略>
別表3の1
事業所得の金額の計算
<省略>
別表3の2
事業所得の金額の計算
<省略>
別表4の1
不動産所得の金額の計算
<省略>
別表4の2
不動産所得の金額の計算
<省略>
別表5
昭和61年分の本人比率
1 事業所得に関する比率
<省略>
2 不動産所得に関する比率
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別表6の1
事業所得に係る仕入金額の明細
<省略>
別表6の2
事業所得に係る仕入金額の明細
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別表8
不動産所得に係る借入金利子の明細
<省略>
別表7 不動産所得に係る収入金の明細
<省略>
<省略>